個人の責任を感情的に一方的に追及しすぎる炎上。個人主義の二面性(2/4)個人追求篇

個人の責任を感情的に一方的に追及しすぎる炎上。個人主義の二面性(2/4)個人追求篇


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前回「近代を成立させる概念の一つ個人主義とはなにか」で、現状の制度が自由な個人をもとに設計されていることが簡単に分かったと思います。

前回に加えて、個人が犯罪を犯した場合も、犯した個人に責任が追求されます。個人の行動が自由なら犯罪を犯してしまう可能性もあるためです。その責任の追求方法が裁判になるわけです。

※平成27年は犯罪の認知件数が110万件
Source: 刑法犯の認知・検挙状況の推移(昭和21~平成27年)

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※年間400万以上もの訴訟が起きている。刑事事件だけだと年間100万件。
Source: 司法統計から見る新受の訴訟件数の推移

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※平成26年の有罪者数は約30万人。
Source: 確定裁判(犯罪白書)

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裁判の中では弁護士、検察官、そして複数人の裁判官によって議論を重ね、理性的に個人へ責任を追及します

しかし、責任を追及する機関は司法であるはずなのに、人間は自分で相手を攻めたくなります。それも感情的に、大勢になって。

それをインターネットのスラングでは「炎上」と言います。今回のイラストでは個人を追及し「すぎる」炎上を表現しました。

※過去全期間で炎上に参加したことがある人を調査した結果、2万人のうち1.1%(つまり220人)が参加していた。割合は少ないが人数で考えると1対220人は集団リンチである。
Source: 「ネット世論」と「炎上」の実態

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何かやらかしてしまいそれをツイッターなどのSNSに投稿し、その責任を追及するために200人の人間が炎上を起します。

しかし、まずそのツイッターアカウントの名前が本人なのかどうか、本当にやったのかどうか、証拠はあるのかどうか、などが分からず、色んな捜査や議論を抜きにして、叩きたいだけ叩くということが本当に正しいのでしょうか。

そしてもし本当にその人がやったとしても、SNSで拡散されすぎたことで、所属していたお店が倒産してしまったり、すぐに大学を退学になってしまったり、社会的な罰も大きすぎる場合があります。

おそらくSNSがなければ、罰は裁判所がくだしたものだけか、加えたとしても、裁判で結果がわかったあとに所属していたところから退学や解雇を言い渡されるだけかもしれません。

この200人は全体の割合からしたら、かなりの少数派です。多様性が大事だからなのか、その少数派の意見まで参考にすると炎上は正当化されてしまいます。しかし多様性もまた大事にしたい場合はジレンマとなります。このように表現の自由と多様性の問題も絡んできます。

※深く傷ついても相手の事を受け入れ続けられるか。多様性の二面性(2/4)成立篇

仲良く傷つく

個人の失敗や罪とはどう追及されるべきなのかを今一度考えるときにあるかもしれません。