なぜ働かなければいけないのか。働き方の二面性(1/4)-概容篇

なぜ働かなければいけないのか。働き方の二面性(1/4)-概容篇


もはや当たり前となっている「働く」ことについてですが、ほとんどの社会問題に大きく影響を与えています。今回は全4回に分けて、働き方と賃金の二面性を紹介します。

1回目:そもそも働くことの意味は何なのか。
2回目:労働者として働くことのメリットとデメリット。
3回目:経営者として働くことのメリットとデメリット。
4回目:政府と労働の関係性。労働市場や雇用制度。

1回目である今回は、そもそもなぜ働く必要があるのかを考えたいと思います。

まず働くことの意味は、個人にとっての意味と、社会にとっての意味の大きく2つに分けることができます。

1、個人にとっての意味「お金を稼ぐこと」

個人にとっての意味も大きく二つに分けることができます。「最低限の生活を確保するため」「より豊かで幸せな生活を手に入れるため」です。それは労働や経営の対価として、賃金や利益を得ることによって手にいれることができます。

※もちろん「生きがい」や「社会貢献」を目的として働いている人もいると思いますが、それらは働くこと以外からでも手に入れられるので、今回は除外しています。働くことで必ず獲得されるものを列挙しています。

※お金を手に入れる手段としては投資も存在しますが、投資を行なう技術を使って利益を手に入れるという意味では労働に似ています。最初の投資資金も賃金からまかなっている人も多いのではないでしょうか。

最低限の生活」とはなんでしょうか?家に住めること、ご飯を食べられること、服を着られること、健康でいられることなどです。いわゆる衣(医)食住と言われます。

※国によってお金の使い道の割合は全然違う。
Source: 家計消費支出の国際比較(2012年)

1-1

※国別の対GDP比の最終消費支出額マップ。
Source: Final consumption expenditure, etc. (% of GDP) – The World Bank

1-2

ただ、「最低限」の価値観は人や国によって違います。雨風しのげる家に住めるのが最低限だと言う人もいますし、冷凍食品ではなく健康食品を食べられることが最低限だと考える人もいると思います。

なので人によっては「都会では自給800円では足りないので、働くことで最低限の生活を得られない」と思う人もいますが、それは個人の選択の問題です。最低限の生活とより豊かな生活の境界線はとても曖昧なのです。

衣(医)食住が確保されたなら、例えば旅行や映画、スポーツ、生涯学習などといった趣味や娯楽を楽しみたいと思ったり、より機能的な電化製品や高級ブランドの服を欲しいと思う人が多いかもしれません。これが「豊かで幸せな生活」になります。

※主要教養・娯楽サービス消費支出推移(旅行/習い事月謝)
Source: 世帯の消費支出動向

1-3

中には何にお金を使うかは決めずに、ひたすらお金を稼ぐ人もいるかもしれません。それはそれで自分のプライドや価値観を体現しているという意味で豊かな生活(生きること)に向かっていると考えられるかもしれません。

2、社会にとっての意味「税収を稼ぐこと」

次に社会にとっての意味です。もっと私達の生活を一歩引いて見てみましょう。

個人が働いてお金を手に入れて使うことを通して、額は国によって違いますが、社会は税金を得ることになります。集まった税金は、個人一人では簡単にできないことを行政に代行してもらったり、社会全体の機能を維持・向上することに使われます。

※年金、医療、教育、軍事など様々な分野に税金が使われている。以下は日本のケース。
Source: 「これからの日本のために財政を考える」(財務省)

1-4

1-5

※国別の対GDP比の税収マップ
Source: Tax revenue (% of GDP) – The World Bank

1-6-1

なので、保育園が足りなかったり、年金がもらえなかったり、計画的ではない政府借金が多かったりするのは、社会全体の人たちの納税額が足りないことを意味します。消費税や所得税、さらに法人税という意味で税収が足らないのであれば、労働者も経営者も努力が足りないということです。

※国別の対GDP比の政府借金額マップ
Source: List of countries by public debt – Wikipedia

1-7

それから、政府の借金は一概に悪いものではありませんが、しかし借金は金利つきで返さなければいけません。それは政府だけではなくお金を借りて経営している企業も同じです。その借金を返すには金利が上乗せされているので、政府も企業も利益をあげなければいけません。そのため労働者には働いてもらってどんどん新しい商品やサービスで利益を出してもらわないと困るのです。

また、個人のお金を使うのは、政府だけではありません。預金を運用する銀行や、投資を受けて経営する企業、そして寄付されたお金を元に公共サービスを提供するNPOもそうです。投資や寄付の金額が少ないというのは、もちろんそういった文化が薄いということもありますが、そこに回そうと思うお金に余裕がないともいえます。

※貯蓄率が下がっているので銀行が企業に貸せるお金も減っていくかもしれない。
Source: 「家計貯蓄率がマイナス、日本経済の影響は?」(東洋経済)

1-8

※ほかと比べると東京証券取引所も割と大きな市場になっている。
Source: 「主要取引所の株式時価総額推移(2005年から2015年)」(野村資本市場研究所)

1-9

※日本の寄付金額はイギリスと比べても少ない。
Source: 寄付白書2015(日本ファンドレイジング協会)

1-10

このように労働や経営によって得た賃金や利益は、個人の生活のためだけではなく、社会の中で巡りめぐっていきます。逆に言えば、社会を成り立たせているのは個人の努力ということもいえます。

さらに見方を変えれば、公共サービスもいらない、豊かな生活もいらない、どんなサービスもいらない、もしくは家も服も健康もご飯も全部自分で用意する、そういう方は働く必要がありません。これが国家というシステムの一部分です。

それでは次回以降、労働者と経営者がどれだけ頑張っているのか、その結果その努力にどれだけ賃金や利益が見合っているのかを見ていきたいと思います。